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Fioの素敵な日々

日々の出来事や何やらをつれづれに

【歴史】「女帝」マリア・テレジアの恋

マリア・テレジア

タイムスリップするなら

タイムスリップ(タイムリープ)して、医療に携わったり、料理を作ったりするような話が多くなってきた感じがします。

ただ、タイムスリップする際に、王侯貴族の子どもになってしまったら、自由な恋愛など夢のまた夢ということになってしまいます。

偉い身分の人々にとって、子どもというのは政略結婚のための道具にしかすぎないことが多々あり、親の決めた相手がたまたまいい人で、相性もよかったという可能性は否定できませんが、もともと好きだった人とめでたく結ばれるなんてことは、通常ありえない世界の話となります。

「女帝」マリア・テレジア

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そんな中、18世紀の神聖ローマ帝国の皇帝カール6世の長女として生まれたマリア・テレジアは、6歳の時に出会い、憧れ、次第に愛するようになった相手と結ばれるという、奇跡以外の何者でもない恋愛結婚をしています。

家の格から言って、どう見ても夫フランツは婿だったわけですが、皇帝カール6世の死後、皇帝の座を女性が次ぐわけにいかなかったらしく、フランツが神聖ローマ皇帝となり、マリア・テレジアがハプスブルク家の家督をついでオーストリア女王となります。

マリア・テレジアは女王であり、「女帝」ではなかったわけですが、誰がどう見ても実態は「女帝」であり、事実、領国内では当時から「女帝」扱いされているようです。

父カール6世は、娘マリア・テレジアを、皇帝にするのは無理としても、女王とするためにかなりの苦労をしていたわけですが、その死後、女王となった娘は、家督をめぐって諸国を敵にまわす戦争に直面することになります。

ただでさえ統治が難しい多民族国家オーストリアが分裂の危機に瀕し、しかも諸外国から攻めこまれ、さらに毎年のように子どもを産んでいながら、オーストリアを守り切ったマリア・テレジアは、ただただスゴすぎる存在です。
ただし、戦争そのものは、家督は守りながらもシュレジエンなどの領地を失うという不本意なものとなりました。(オーストリア継承戦争)

ちなみに、マリア・テレジアの末娘マリア・アントニアは、生後まもなくフランスへの政略結婚が内定し、やがてフランス王ルイ16世の王妃マリー・アントワネットとして知られることになります。

交響曲「マリア・テレジア」


ハイドンの交響曲第48番ハ長調は、マリア・テレジアの歓迎行事で演奏されたということにちなみ、「マリア・テレジア」という名称で呼ばれています。

交響曲「マリア・テレジア」は、交響曲としての知名度は、決して高い方ではないと思いますが、明るく堂々とした出だし、美しい第2楽章のアダージョなど、結構いい曲だと思います。

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