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【音楽】童謡「シャボン玉」は野口雨情の亡き子どもへの鎮魂歌

童謡「シャボン玉」の歌詞

童謡「シャボン玉」は、シャボン玉で子どもが遊んでいる様子を歌ったものです。
野口雨情作詞・中山晋平作曲で、1923(大正12)年に発表されていますが、詩自体は1922(大正11)年に発表されています。
また、野口雨情は後半の詩を1936(昭和11)年に追加しています。
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シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ
 屋根まで飛んで こわれて消えた
シャボン玉消えた 飛ばずに消えた
 産まれてすぐに こわれて消えた
風、風、吹くな シャボン玉飛ばそ

シャボン玉飛んだ 屋根より高く
 ふうわりふわり つづいて飛んだ
シャボン玉いいな お空にあがる
 あがっていって かえってこない
ふうわりふわり シャボン玉とんだ

野口雨情と二人の子どもの死

野口雨情は、1908(明治41)年に生まれて七日目の娘「みどり」を亡くし、1924(大正13)年に娘「恒子」を2歳で亡くしています。
詩が1922(大正11)年に発表されたことを考えると、シャボン玉は「恒子」ではなく、「みどり」を悼んで作られたのではないかと考えられます。

野口雨情自身が「シャボン玉」とわが子の死の関係を何も語っていないので、すべて推測でしかなく、「みどり」の死からずい分時が経っていることも指摘されます。
ただ、雨情が長い間「みどり」の死を悲しんでいたことは事実で、それが「恒子」の妊娠(または出産)を機に「シャボン玉」の詩として昇華したと推測するのもまた有りかと思います。

生まれて七日目に死んだ子どもと「シャボン玉消えた 飛ばずに消えた 産まれてすぐに こわれて消えた」の歌詞を重ね合わせる時、雨情さん、私は涙がとまりません。

「シャボン玉」の曲は賛美歌が原曲?

中山晋平が作った「シャボン玉」のメロディがブラッドベリーが1862年に作曲した賛美歌「主われを愛す(Jesus Loves Me,This I Know)」に似ているのはよく指摘されることのようです。

この賛美歌が明治時代に日本ですでに知られている曲であり、幼くして亡くなった少年の話をテーマにしているところを見ると、「シャボン玉」がこの賛美歌へのオマージュとして作られている可能性もあるかもしれません。


よく知られた「シャボン玉」の曲ですが、速めに歌うと元気のいい子どもたちの歌になります。
でも、ゆっくり歌うと亡き子を悼む鎮魂歌になってしまい、涙があふれてしまいます。

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